「スポーツ医・科学の立場から考える野球技術の大原則」に、野球の練習・試合中に起きうる「心臓しんとう」の解説がありました。
著者の伊藤博一帝京平成大学教授が、心臓しんとうを防ぐための提案をされています。
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スポーツ医・科学の立場から考える野球技術の大原則
同書の解説を96~101ページから一部を抜粋して紹介します。
心臓しんとうとは 胸への衝撃で心臓停止も
まずは心臓しんとうについての解説から。
「しんとう(震盪)」とは「脳しんとう」の「しんとう」ですね。
心臓しんとうとは、胸部に衝撃が加わることで致死的不整脈である心室細動が誘発され、最終的には心臓が停まってしまうことです。
(中略)
心臓しんとうはスポーツ中の子どもたちに多発しており、胸部への衝撃手段としては野球・ソフトボールのボールが約半数を占めています。
特に野球では”胸でボールを止める”ことが心臓しんとうの直接的な原因となっています。
心臓しんとうが子どもたちに多いのは、発達過程で胸郭がまだ柔らかく、衝撃が心臓に伝わりやすいためとされています。
重篤な症状の原因になる心臓しんとうですが、周知はあまり進んでいないようです。
全国の野球指導者1527名を対象とした「捕球指導に関するアンケート調査」があります。
(中略)
心臓しんとうを「知っている」と回答してきた917名のうち、「心臓しんとうを予防するための具体的な捕球指導をしている」と回答してきたのは105名(11.5%)のみでした。
具体的な捕球指導の内容としては、
「胸部プロテクターを必ず着用させている」
「厚手のタオルをユニフォームの胸部に縫い付けさせている」
「必ずグラブでボールを捕るよう指導している」
「身の危険を感じたら積極的に逃げるよう指導している」
「逆シングルでの捕球を積極的に指導している」といった回答が得られました。
一方、これら105名の中には、「胸部に力を入れて胸部でボールを受ける」、「息を止めて胸部でボールを受ける」といった心臓しんとうを正確には理解していないと思われる回答も多く見られました。
それでは、心臓しんとうを防ぐために有効な手段は何なのでしょうか?
逆シングル(バックハンド)での捕球が理想 しかし現実は…
体の正面での捕球は心臓しんとうのリスクが高くなります。
ということは逆シングルなどが推奨されるわけですが、「これを基本の捕球動作にする」という指導は行われていません。
「逆シングルでの捕球を指導しているか?」という質問には999名(65.4%)が「指導している」と回答してきました。しかし、「バウンドが合わないとき、胸でボールを止めるよう指導しているか?」という質問にも971名(63.6%)が「指導している」と回答してきました。
つまり、日常的に逆シングルでの捕球を指導している人は多かったものの、これは左右への鋭い打球などに限ったやむを得ない場合の手段であり、胸でボールを止めるという危険な捕球指導が現在も頻繁に行われていることがわかりました。
「逆シングル」の使用が限られており、「胸で止める」捕球も推奨されている以上、胸部プロテクターにより安全を確保する必要があるのですが、普及はしていません。
野球では、胸でボールを止めることが心臓しんとうの直接的な原因となっているので、その対策が必要とされ、各メーカーでは胸部プロテクターを製作して市販しています。
しかし、指導の現場では胸部プロテクターの普及はまったく進んでいません。
胸部プロテクターの存在を知ってはいるけれども、あんな大げさなものは装着させたくないというのが指導者の本音のようです。
逆シングルにネガティブなイメージがあることも障害になっています。
残念ながら、胸でボールを止めるという危険な捕球指導が現在も頻繁に行われています。
胸部プロテクターを装着させたくなのであれば捕り方を変えるべきだと考え、”逆シングル”で捕球することを関係学会や指導者養成講習会などにおいて提案してきました。
しかし、逆シングルは、指導の現場では怠けた捕り方と位置付けられていて、積極的には指導されません。
また、”逆”という呼び方からもわかるように悪いイメージがもたれています。
プロテクターと逆シングルの普及が一番の解決策なのでしょうが、現状で難しければAEDの設置と使い方の周知が必須になりそうです。