雑誌「週刊新潮」に、メンズヘルスクリニックの小林一広医師と江川卓さんの対談記事がありました。

一部抜粋して紹介します。


ピッチングにおける江川さんの考え方の一端がわかります。
 
週刊新潮2017年10/26号(Amazon)9~10ページから抜粋しました。このページは、メンズヘルスクリニック東京さんの提供です)
 
小林 高校のときから怪物と呼ばれていらしたけど、ご自身では、いちばん球が速かったのはいつ頃だと思ってますか?
 
江川 答えるのがすごく難しいです。高校、大学、プロ、それぞれのバッターのレベルってぜんぜん違う。レベルが違うから、高校時代は当然、バッターを圧倒出来てしまう。ですから、その頃を見ていた方は「高校の時が一番速い」と言う。でも、プロを相手にしていた時も、けっこう速かったと思います。プロでは20勝した年(1981)が一番速かった。その後、肩を壊したので、現役は9年しかやっていません。
 
小林 その頃でしたね、スピードガンが入ってきたのは。当時150キロ投げる人って、いなかったけれど、今では大勢います。大谷選手なんて160キロとか・・・。
 
江川 先生、スピードガンって、昔と今では計測方法が違うんです。マウンドからホームベースまでは18.44メートルあります。空気抵抗があるから初速からホームベースまでに13~15キロは減速するんですね。スピードガンは、今は初速を計ります。だから速い。
 
僕らの頃は打者に到達した時の速度です。だから13~15キロは足していただかなくては(笑)。僕は145キロでしたから、今だと160キロ近いのではないか、と。
 
小林 そうですか。それは初耳です。
 

 
江川 でも、球が速いだけでは打たれてしまうんですよ。バッターというのはほんと不思議な人たちで、4打席立つうちに、どんどん球速にに慣れていく。最初から速いボールを投げちゃうと、慣れてしまった4打席目には速く感じなくなる。
 
最初はそんなに速く見せないようにして、あとから速くしていくのが僕のやり方でした。それが完投する場合のひとつのテクニックなんです。
 
小林 そういえば最近のピッチャーってあまり完投はしませんよね。
 
江川 ええ、ですから最初から速いボールを投げないから「手抜き」って言われてました(笑)。でも、現役の時は「完投するための方法だ」なんて手の内を明かすことはできなかったから、ずっと「手抜き」と言われながらも、じっと我慢していました。