川上憲伸投手とカットボール 肩・肘への負担

今では日本でもすっかりおなじみになったカットボール。
 
日本で最初に実戦投入したピッチャーは、おそらく紀藤真琴投手ではないでしょうか。
 
(ただしWikipediaの「カットボール」には、次のような記述があります。「野村克也は、日本で初めてカットボールを投げたのは皆川睦雄と語っている」)
 
紀藤投手は94年にセ・リーグ最高勝率をあげ、00年のトレードで広島から中日に移籍します。
 
(このコンテンツは雑誌「週刊現代」2014年 5/3号172~176ページを参考にしました。参考にさせて頂いた書籍等はピッチング上達コンテンツにまとめています)

紀藤投手は広島時代に、山本和行投手コーチからがカットボールを教わります。
 
左バッターに対して特に有効で、甘くなることなく確実に懐をつける強力な武器となりました。
 
 
そして中日に移籍した紀藤投手が、キャンプのキャッチボールでカットボールを披露した相手がいます。
 
それが、後のカットボール使いの第一人者、川上憲伸投手だったのです。
 
紀藤投手からカットボールを投げられた川上投手は、「エッ?何ですか、今のボール?」と目を丸くしたそうです。
 
 
同じカットボールでも、紀藤投手と川上投手では投げ方が違います。
 
川上投手は、ヤンキースの守護神マリアノ・リベラ投手が投げる映像を参考にしながら、カットボールを修得したのです。(リベラ投手の投げ方とも少し違うそうです)
 
 
カットボールは正式にはカットファストボールといい、メジャーリーグでは「カッター」とも呼ばれます。
 
握りはストレートと同じですが、人差し指をやや中指側にずらし、リリースの際に指先に力を込めます。
 
球速がほとんど変わらないので、バッターはストレートと見分けがつきません。
 
 
右ピッチャーであれば左バッターに対しては食い込み、右バッターに対しては逃げていく変化をします。
 
変化といってもボール1個か1個半分だけ。
 
だからこそ芯でとらえにくく、詰まったり泳がされたりで打者は凡打の山を築くことになってしまいます。
 
 
そしてカットボールの最も大きな特徴のひとつは、投手への負担が少ないことです。
 
そもそも、川上投手がカットボール修得を決意したのは、肩を故障してしまい、思うようなストレートが投げられなくなったからでした。
 
肩の故障からストレートの威力が落ちてしまった川上投手は、成績を落としてしまいます。
 
当時のセ・リーグには巨人の松井秀喜、高橋由伸、清水隆行、広島の前田智徳といった左の強打者が揃っていて、川上投手も打たれるケースが増えたのです。
 
肩を壊した01年の成績は6勝10敗と、決して納得できる結果ではありませんでした。
 
そこで、肩に負担をかけずに打者をおさえるにはどうしたらいいかと考えた結果、習得したのがカットボールだったのです。
 
 
川上投手は02年春のキャンプのシート打撃で、大西崇之選手相手にカットボールを投げます。
 
すると大西選手は芯でとらえられず、セカンドゴロに倒れます。
 
 
見たことのない変化をするカットボールに、大西選手は衝撃を受けます。
 
「最後に一瞬だけ、曲がったぞ。あれは”何で打ち取られたんだろう”とバッターに悔いの残るボールだ。いや、すごいよかったぞ」
 
 
「魔球」カットボールを駆使し、川上投手は02年8月1日、東京ドームで巨人相手にノーヒットノーランを達成します。
 
しかも最後の打者は、カットボールを習得するまで苦手としていた清水隆行選手だったのです。
 
肩の故障の影響は消えませんでしたが、川上投手は04年には最多勝と沢村賞、06年にも最多勝を獲得します。
 
 
このすばらしい成績にカットボールが貢献したのは間違いありません。
 
 
カットボールは投げ方がストレートとほとんど同じなので、肩への負担は小さいとされています。
 
 
ただし2014年ごろから、大リーグでは「カットボールは肘の故障を増やす可能性がある」という説も有力になってきています。
 


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