ヒルマン監督日本一達成の理由 送りバント実践

06年の8月、楽天の野村監督は地方遠征中のある日、33歳以上のベテラン選手を集めました。
 
 
ベテラン選手を前に野村監督はゲキを飛ばしました。
 

環境が人を変える。新人時代を思い出してみろ。近くの先輩を見て育っただろ。このチームはまだ2年目で若い。
 
君らの言葉は若手に影響する。努力する頑張る環境をつくろうじゃないか。

このゲキを生むきっかけになったのは、ある試合で9回裏の攻防を残して山崎武選手がアンダーシャツを着替えたことにありました。
 
偶然その光景を目にした野村監督にはそうした山崎選手の「気の緩み」が許せず、非常に怒ったそうです。
 
 
こうした気の緩みは若手にも影響するという危惧が、ベテランへのゲキという形になって現れたのです。
 
 
また野村監督は「野球は人間学。感情感性、感じるところがあるか、ないか。何でも『気』が大事」とも語っています。
 
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日ハムはヒルマン監督が日本流に転向して優勝!バントや投球制限など

ヒルマン監督率いる日本ハムは06年、パリーグの優勝と日本一を達成しました。
 
 
快挙達成の理由の筆頭には、ヒルマン監督の「日本流野球への転向」が挙げられるでしょう。
 
ヒルマン監督は03年の就任以来、「わざわざ1つアウトをくれてやることはない」と送りバントを頑なに拒んできました。
 
しかし05年の秋に千葉の鴨川で行われたキャンプでは、フロントに対して「選手にバントをやらせるつもりだ」と宣言したのです。メジャー流の考え方を改めたわけです。
 
キャンプでは若手を中心に徹底的にバントを練習させました。
 
それが功を奏して、06年の田中賢選手はリーグトップの34犠打をマークし、チーム全体でも133犠打を記録しました。これもリーグ1位の記録です。
 
 
それまですでに持っていた打線の爆発力に、つなぎの打撃がプラスされたわけです。
 
 
また日本流に転向する以前のヒルマン監督は、「肩は消耗品」というメジャー流の考えから、春季キャンプの投げ込みを制限していました。
 
しかし06年のシーズンからは、投げる球数などについてピッチャーから意見を聞くようになり、一方的な投球数制限をやめたのです。
 
また監督が一軍と二軍間のコミュニケーションを密にしたこともチームに非常に大きなプラスになりました。
 
二軍の首脳陣に「自分の考えが間違っていた」と頭を下げたこともあったのです。


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